2015年9月23日水曜日

無敵の太陽

主要マスメディアでは解説されない政治問題・文化・社会現象などを論評する。固定観念では分からない問題を黒木頼景が明確に論ずる。

2014年11月

受信料を返してくれるの? 驚愕NHKの不都合な過去

昭和天皇侮蔑祭りに踊るマスコミ

  大前研一の反皇室姿 勢について書いた時、ふと昭和天皇崩御の事が頭に浮かんだ。ご高齢であった昭和天皇の御容体が、日に日に悪化していることに多くの国民は心配でならなかっ た。たぐい希な名君であった昭和天皇は、とにかく国民に尊敬され、陛下の御聖徳(ごせいとく) に心酔する者が大勢いたのである。しかし、皇室廃絶を目論む共産主義者は、ソ連の指令に基づき民衆の憎悪をかき立てるよう活動していた。敗戦の逆恨みをも つ共産党シンパは、マスコミに煽られ各地で反天皇集会を開いたり、陛下を罵る投書を新聞等に送りつけていたのである。(以下、 天皇報道研究会編著 『天 皇とマスコミ報道』 三一書房 1989年を参照)

Inose 1   1987年12月8日新聞労連新研究部は、後に東京都知事になる猪瀬直樹を「天皇・皇室報道を考える緊急新研究会」に招いた。猪瀬直樹はスライドを使 い、明治天皇の御真影(ごしんえい/写真) が西洋人風の要望に変わってゆく過程を説明しながら、日本の歐風化を内外に印象づけようとした、と説明する。日本人を見下していた猪瀬は、そうした西洋化 は日本の植民地化を防ごうとした「切ないアイデア」だった、とあざけていた。猪瀬は続けて、明治天皇崩御後に、当時の新聞社員らは「このくそ忙しいときに 死にやがって」とか「乃木は下らぬ人物」と内輪で言っていたのに、翌朝の新聞では「嗚呼乃木将軍」の大見出しになっていた、と語る。つまり、陛下のご病気 報道は「つまらぬ」もので「下らないが」、新聞社の方針で仕方なく偽りの報道をせねばならぬ記者たち、と言いたいのであろう。猪瀬直樹は信州で左翼学生で あったから、マスコミに潜伏した昔の仲間が人気者にしてくれたのではないか。

  しかも、この作家は「東京の真ん中にある皇居は地上げ屋 でも手が出せない、一種のブラックホールになっている」と付け加えるのだ(pp.81-82)。皇室への当てこすりがよほど面白いのだろう。どうして宮城 (きゅうじょう/江戸城)が、悪徳業者の手に渡らないのが気にくわないのか。天皇陛下が君臨なされると、首都にブラック・ホールが生じるとは、どういう発 想なんだ? 猪瀬・元都知事の懐の方がブラック・ホールなんじゃないか? バッグに収まりきれない5千万円の札束をポケットに入れたのだから。 (なお『皇居』という呼称は『宮城』を貶めるための左翼用語である。「竪穴(たてあ な)式住居」みたいに未開人の住み家を連想させたいのだ。)

  朝日新聞も皇室攻撃の手を弛めていなかった。1988年11月15日附の 朝日新聞は、アジアに対する日本の戦争責任を追及する「アジアの女たちの会」が天皇陛下や戦争指導者の責任を糾弾する記事を載せた。約600名で構成され るの左翼団体は、「天皇の神格化」を助長する報道姿勢に抗議し、アジア人と共存することを訴えた。この会の代表は五島昌子。あっ、土井たか子の秘書だ。五 島は若い頃から社会主義青年同盟の活動家である。札付きの極左分子が、長年公費で養われていたのである。この女が連合赤軍の情婦だった辻元清美を衆議院に 担ぎ出し、田原総一郎が「朝まで生テレビ」に出演させ、政治献金まで呉れてやったのである。

  「朝日の豆新聞」と呼ばれる毎日新聞も負 けてはいない。「毎日デイリー・ニュース」という英字新聞は、すでに「変態新聞」という渾名が附くくらい、日本人を貶める記事を世界中に発信してしまった 前科をもつ。毎日新聞は、日本人が「六本木のレストランで豚を獣姦し、その後食べた」とか、「成績を上げるために母親が勉強している息子のペニスをしゃ ぶった」という破廉恥記事を書いたのである。( 『タイトルは「受験生」バカ母SEX検診の実例』 J-Castニュース 2008年8月13日や「More moms going down, to ensure grades up!」 Mainichi Daily News , January 6, 2006 を参照) 日本人への侮辱は今更始まったことではない。じつは、1988年にも畏れ多い不敬記事を載せていたのである。同紙は1988年9月26日に「全 国民悲しみにうち沈む(A Nation Plunged Into Grief)」という天皇陛下追悼社説を掲載してしまったのである。天皇陛下がいまだ重態で苦痛に堪え忍ばれている最中、すでに崩御用の記事を準備してい たのである。それを誰かが間違って発表してしまったのだ。毎日の渡辺襄社長と小池唯夫取締役主筆が公式に陳謝した。おそらく英語が不得意な社員が間違って 載せたのだろう。昔からデイリー・マイニチはチェックが甘いし、日本への憎しみに満ちた社員が潜伏していたのである。

えっ! お金がもどってくるの?

NHK salary   マスコミの左翼体質は既に有名で、尊皇精神など微塵もないどころか、その怨念たるや日本人の常識を越えていて恐ろしい。共同通信を筆頭にマスコミは、皇 室伝統や皇族への侮蔑は甚だしく、皇室への敬語をできるだけ削除してその権威を失墜させたい意欲で一杯だ。昭和天皇の重態を日々報道したり、国民がいかに 心痛な思いかを伝える番組に対して、左翼マスコミ人は猛烈に抗議していたのである。在野の左翼分子とマスコミの同志が連携して、皇室報道を攻撃していたの である。共産党の赤旗と表裏一体のNHKは特に醜かった。「しんぶん赤旗」が反日宣伝工作の表機関なら、NHKはその裏機関である。全国各地の共産党支持 者が、一般市民の声として投書を各紙に書き殴っていた頃の、ある一つのエピソードを紹介しよう。

  1988年10月7日附の赤旗による と、東京都足立区に住むA氏は、天皇陛下の容態を連日伝えるテレビ局にいらだちを覚えていた。そこで9月22日にNHKに抗議の電話をかけてみた。「この 主権在民の日本で、マスコミに求められている中立性、公正さもかなぐり捨てて天皇、天皇と美化一色の放送を流し続けるのはいかがなものか。第二次大戦の反 省がまったく生かされていないではないか、ときびしく報道姿勢を正した」そうである。A氏は不正な天皇報道が改められない限り、受信料は払えないと通告し た。足立区内のNHK千住営業所に対しても、同様の趣旨を説明し、10月1日からの受信料支払い停止を通告したという。A氏によると、千住営業所の職員は 「わかりました。お返しします」と返答した。9月12日に既に支払った料金の内、7ヶ月分の6,930円が彼の口座に振り込まれたという。 (pp.313-314)

  払った受信料が返却される! 信じられない! NHKは受信料滞納者や意図的な支払い拒絶社に対し、裁判に訴えてまでゼニをむしり取ったのに。金の亡者が板に付いているNHKは、自分の給料が削減され るのが死ぬより辛い。管理職なら2千ないし3千万円の年収を取る者などざらにいる。特別手当や予算の流用・着服・キックバックを含めたら1億円くらい懐に 入れた奴がいるんじゃないか。殺人犯やシャブ中、横領犯、痴漢を輩出するNHKなら、合法的ネコババくらいするだろう。NHKが過去にどれだけ反日番組を 報道したことか。「太平洋戦争」シリースを制作して無謀な戦争に突入した愚かな軍国主義日本とか、南京大虐殺を犯した極悪人の日本、朝鮮人女を性奴隷にし た卑劣な日本人、とか反日放送のてんこ盛りだ。こうした悪意に満ちた番組に抗議したら、NHKは視聴者に受信料を返還してくれるのか。特別企画の 「JAPANデビュー」では、オーフニング映像で、ヒトラーとスターリンを昭和天皇とダブらせる画面をさりげなく挿入したのである。サブリミナル効果は禁 止されていたはずなのに、それを時間とお金をかけて制作したのだ。意図的犯罪を国民にしておきながら、会長や重役らは謝罪の土下座をしなかった。これが在 日朝鮮人への侮辱であったら、即座に謝罪して経営陣は全員辞職となったであろう。NHKはつべこべ言わず金返せ! 日本人はいつまでも大人しくしていないぞ。読者諸君、筆者と同じくNHKへの受信料拒否に賛同していだきい。



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昭和天皇は有罪? 責任とれだと? 大前研一 (2)

政治思想が真っ赤の経営評論家

omae 1   企業運営や経済政策を専門に提言する大前氏は、格好つけて政治や歴史を語り出す。典型的な戦後世代のビジネスマンである。お金儲けと無国籍経済を主張す るコンサルタントの、国家観や歴史認識が酷すぎるのだ。日教組に洗脳されたままの頭で、我が国の歴史を断罪し、天皇陛下まで貶める。支那人や朝鮮人ためな ら英霊だっていらないのだ。現在の生活やお金のためなら、日本人が大切にしてきた信仰や文化を弊履の如く捨て去るのである。

  改革開放 路線で経済発展する支那の胡錦濤様がいらっしゃるのに、小泉純一郎首相が靖国参拝をしてせっかく築き上げた日中関係をぶちこわした、と大前氏は怒ってい る。(「最強のビジネスマン」講座 第56回 『サピオ』 2005年5月25日号 p..89) 支那人の気持ちを察する大前氏は、支那との関係を重用 しせねばならぬのに、外務省の阿南惟茂(あなみこれしげ)大使らは支那の教育方針を調べて日本政府に報告しないのはダメじゃないか、と叱っているのだ。支 那人や南鮮人が日本人と歴史認識を巡って対立する「構造問題」に言及している。この問題を解決するには、3か国共通の教科書を作ること。もう一つは、3か 国がどのように歴史を教えているかのデータを共有して、教室の授業でディスカッションする。できれば教師の交換を行い、3か国が真正面から問題に取り組む べし、と提言している。

  支那人や朝鮮人と共同の歴史教科書作成なんて幻想である。もしそんな教科書を作ろうとしたら、日本側が一方的 に譲歩して支那・朝鮮の言い分で歴史が記述されて「日本懲罰教科書」が出来上がってしまうだろう。しかも、支那人教師が日本の学校へ派遣されたら大変だ。 北京政府は工作員を教師にして、日本の子供を騙して支那贔屓にするばかりか、英霊や天皇陛下に対する憎悪を植え付けるだろう。朝鮮人教師は気違いじみた授 業を行うであろうことは、すぐ目に浮かぶ。大前氏の頭の中には、外国の謀略や思想操作という発想がない。こんな人物が日本人は世界を知らない、と説教する のだから、大前氏の読者は知能がよほど低いのではないか。

首相が国家元首だって?

   2000年に森喜朗首相が「神道政治連盟国会議員懇談会」で、「日本は天皇を中心とした神の国」と発言したのを咎めている。何が悪いのか? 日本の歴史 を見れば当然の発言ではないか。幕府将軍は朝廷から官位を貰っていたし、誰も天皇陛下に取って代わって皇帝になろうとしなかった。支那人と違い、我が国に は易姓革命が無かったのである。天子様は神聖でいつも仰慕(ぎょうぼ)されていた。ところが、大前氏は違うらしい。

  昭和18年生まれ の私は、戦後民主主義教育によって、戦争放棄、主権在民の平和憲法を徹底的に教え込まれてきたため、森首相の「神の国」発言には鳥肌が立つほどの違和感を 覚えた。 ( 大前研一 「Just Do It 」『サピオ』 2000年7月26日 p. 34)
   
  若い世代は天皇や天皇制 に対する実感がないから、「天皇を中心とする神の国」と言われてもその意味が分からぬのだろう、と推測する。大前氏は、森首相は「皇国思想」思想で30年 間議員を続けてきたのか、と呆れている。青嵐会のようなタカ派であったことが国民にバレたのだ、とも述べている。大前氏は現憲法上では首相以外国家元首は 有り得ないと断言している。国家元首は機関だから、象徴天皇は国家元首になり得ないそうだ。そして森首相には国家元首の自覚がないと批判している。

   小渕首相の葬儀の時に外務省が外国要人の序列を間違えている、と大前氏は指摘している。オーストラリアのハワード首相、マレーシアのマハティール首相、 カンボジアのフンセン首相が「国家元首」ではなく「首相級」に分類されたことが気にくわないのだ。小国の王様の方が席順が上だったからだ。オーストラリア はブリテン連邦に属しているから、国家元首は女王陛下である。マレーシアとカンボジアも立憲君主制で王国だから、首相は国家元首ではない。それなのに、大 前氏は三名の首相は名実ともに「国家元首」だと言い張る。ならそれぞれの首相に直接聞いてみろ。君主制国家で国王でもない行政官が元首なんて言えるのか? イングランドの小学校にでも入学したらどうだ? 大前氏はよくそんな認識で、我々に外交を語れるものだ。大前氏の世代は学校で「日本の国家元首は首相である」と習ったからだという。(p35) もう馬鹿な学校秀才の典型例である。アメリカ占領軍が、戦争犯罪人の日本へ押しつけた仕置き用の掟(おきて)集が、今のマッカーサー憲法なのだ。大前氏に 聞きたい。それなら、欧米の駐日大使らが日本に赴任すると、なぜ天皇陛下に拝謁するのか。国家元首の代理者(vicar) が、赴任先の国家元首である天皇陛下を訪れて挨拶するのだ。こんなの常識だろ!

  そもそも大前氏は憲法史が分かっていないのだ。憲法 (constitution) とは本来「國體(こくたい)」を意味し、いはば国家の体質を述べているのである。古代は慣習法が王国の基本法を形成しており、現在のように体系化された成 文の法典になっていなかったのである。イングランドでは未だに憲法典は存在しない。古来の慣習法や法令の束が膨大にあり、法学者はそれらを研究したり、参 照したりして判決を下すのである。法学院の学生は古来の法からその叡智や神髄を学ぶのである。大前氏は、大日本国帝国憲法(明治憲法) を今日読んでみて「その古さと危険性に改めて驚かざるを得ない。あの憲法にして、あの戦争があったのかという因果関係の必然性に、慄然とするのである。」 と述べている。( 大前研一 『平成維新』 講談社 1989年 p..284)

  大前氏は、明治の元勲が帝国憲法を創案するに当たっ て、伊藤博文や陸奥宗光が憲法学の基礎も知らなかったと思っている。伊藤や陸奥は当時の憲政史の大家であるルドルフ・フォン・グナイスト (Heinrich Rudolf von Gneist ) やローレンツ・フォン・シュタイン(Lorenz von Stein) について学んでいるのである。陸奥などは留学してシュタインのもとで勉強したくらいだ。憲政史や西歐史に疎い大前氏には、理解不可能だろうから、これ以上 述べることは無駄であろう。(読者は英国のHenry Bracton, Sir Edward Coke, Sir Matthew Hale , Sir William Balckstoneを参照していただきたい。) 無知を天下に晒していることに気づかぬ大前氏は、伊藤博文が明治天皇を帝国憲法下で絶対君主と規定した と述べている。(p...298) 読者は笑いすぎて腹筋が引きつらぬよう注意せよ。こんな暴論を聞いたら、明治天皇と伊藤博文は唖然とするだろう。立憲 君主として国民を慈しまれた明治大帝が、綿密に検討された帝国憲法で専制君主のように規定されるわけないだろう。どういう思考ならそんな見解が生まれてく るのか、正常な日本国民には分からない。

  要するに大前氏の頭は、フランス革命の左翼憲法史観で汚染されているのだ。お金でしか物事 を判断できぬ大前氏によれば、憲法は「国民個々及び全体の生活効用(幸福等) の最大化を目的として、そのための重要課題について規定する」ものらしい。損得勘定を超えた国家の伝統や歴史などは彼の眼中には無いのであろう。経済的効 率を考えれば、なぜ大金を掛けて皇室や王室を維持せねばならぬのか、が分からない。左翼はそんな貴族制度の遺物は廃止しろと叫ぶ。国家は生命体であること に気づかぬ愚者が多いというのがよく分かる。

昭和天皇が戦犯だって?
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  経営手腕に詳しくても歴史知識に乏しい大前氏は、よせばいいのに歴史問題にちょっかいを出す。日経新聞がスクープした富田朝彦メモに飛びついたのである。 この富田朝彦は隠れコミュニストで、昭和天皇のご発言をねじ曲げて自分の主張に利用したのである。皇室伝統や日本の国体を理解しいてない大前氏は、子供の 頃に受けた教育だけで発言しているのだ。日経BPのブログで富田メモに触れている。( 第40回 「A級戦犯問題を『論理思考』で考察する」 日経BP社 「産業突然死」の時代の人生論 2006年8月9日) いつものように大前氏は、国家を会社に例えることが好きである。

  “ 昭和天皇は戦前、日本の頂点に立つ最高責任者だった。会社で言えば社長にあたる。その天皇本人に責任がないはずがない。
   昭和天皇が社長ならA級戦犯は執行役員たちだ。にもかかわらず、昭和天皇かが自分には責任が無く、部下追い込まれたような言い方をしている。また、自分 の筆頭部下だった人ちた、つまりA級戦犯の人たちを「あいつは嫌いだ」「こいつに嘘を付かれた」「そいつにやられた」と個人攻撃をするのもどうだろう。”

   大日本帝国憲法下で昭和天皇は統帥権をもつ大元帥陛下であったが、実際は内閣総理大臣に政務を委任していたのである。これは、渡部昇一先生も指摘されて いるが、明治の元勲は首相が兵馬の権を持てば幕府将軍になってしまう虞(おそれ)を抱いていたからである。明治天皇は伊藤博文ら元勲に信頼を寄せて、政務 や軍事を任せていらしたし、だれも陛下が御親政(ごしんせい) を望まれることなど想像していなかったのである。だから明治政府は憲法に首相の権能を明確に記述しなかったのである。英国と同じく立憲君主制を理想とし、 不文の慣習法でよいと思っていたのである。

  昭和天皇が戦争責任を臣下に押しつけ、自分だけ命拾いをとようとした、と大前氏は本気で思っているのか。陛下は戦争犯罪の共犯者という発想は、まさに戦後左翼の思考ではないか。大前氏は富田元長官がメモを書いた頃(1988年ころ)を指して、

   昭和天皇から“共同正犯”という意識は薄れ、自分は被害者だ、A級戦犯が犯人だ、特に松岡、白鳥などを祭るとは何事か、筑波の跡を継いだ松平宮内大臣の 息子(永芳氏)はとんでもない勘違いをしている。何たることか、と心情を吐露している。それから自分は靖国神社を参拝しなくなった、と言っている。つまり 自分を追い込んだ軍部の面々が一緒では嫌だ、という理屈だ。・・・・いずれにしても、昭和天皇は免訴され、他の戦犯と一緒に裁かれることなく、責任も取ら ず、「新しい任務」が与えられた。

  この経営コンサルタントは立憲君主制をまったく分かっていない。イングランド王国は立憲君主制の模 範であり、欧米の憲政学者は必ず勉強する国である。大前氏にイングランド憲政史の大家フレデリック・メイトランド(Frederic W. maitland) やウィリアム・ホルズワース(William S. Holdsworth) の著作を読めといっても無理だろう。欧米の教養が足りなさすぎる大前氏には理解できまい。このブログ読者には、是非ウォルター・バジョットの『イギリス国 体』を読んでもらいたい。日本の立憲君主制を知ったら、欧米の知識人はきっと驚くだろう。昭和天皇には「警告権(the warning right)」すら無かったのである。バジョットが国王の権能について述べている。

  その問題を手短に述べると、イギリスのような立憲 君主政のもとでは、君主は三つの権利をもつ。すなわち、相談を受ける権利、奨励する権利、警告を発する権利である。・・・・君主は大臣に向かって言う、 「これらの政策の責任は汝にある。最善と思うことを成せ。汝が最善と考えるものは朕の全面的かつ有効な支持を得るものとなろう。ただし、あれやこれやの理 由から、汝の提案を実行することは具合が悪い、いろいろな原因から提案せぬ方がよいということに気づくであろう。朕は反対せぬ。反対せぬことが朕の義務で ある。たが、朕は警告することを覚えておくがよい。 (Walter Bagehot, The English Constitution, in The Works of Walter Bagehot, Vol. IV, Edited by Forrest Morgan, Hartford, 1891, p. 112)

   欧米の教養をもつ紳士ならウォルター・バジョットの言うことくらい常識として知っている。立憲君主制の統治機構くらいは大学生でも理解しているのだ。大 前氏の周りには知能が高い紳士がいないのであろう。東洋のカエルくらいにしか思われていないのだ。まったく恥ずかしい。欧米の君主や貴族なら、昭和天皇が 麾下の軍隊に対して言外の脅しや睨みをしていなかったとは、信じられないのである。王国の命運が懸かっているのに、臣下の暴挙を阻止できぬとは考えられな いのである。だから欧米人は昭和天皇に責任があると、勘違いしてしまうのだ。

  立憲君主を生真面目に遵守しようとなされた昭和天皇は、 じつに痛々しいお姿に見える。臣民が英米を相手に闘えば、必ずや大量の戦死者が出るとことを確信なされていたのである。共産主義者の近衛文麿が対米戦争を 仕組み、東條英機が阻止できなかったのだから、陛下の御宸襟(ごしんきん)は張り裂けんばかりであった。対米開戦のとき鈴木貫太郎大将が内閣を率いていれ ば違ったであろうが、真面目が取り柄だけの東條首相では力不足であった。

  大東亜戦争も末期にさしかかった頃になって、ようやく陛下が 公式にご下問できたのである。木戸内大臣や鈴木首相、東郷外相などをお召しになった陛下は、ご自分のお命は一切顧みず、国民の命を救いたいことのみをお考 えであった。臣民が選んだ若きプリンスが赤い悪魔で、スターリンの日本占領のために国家破壊を目論む一方で、戦争反対の陛下は全責任を背負うおつもりで あった。陛下の御諚(ごじょう)を我々は知るべきだ。

  私は世界の現状と国民の事情とを充分見当した結果、これ以上戦争を続けることは 無理だと考える。・・・・陸海軍の将兵にとって、武装かいじょなり、保障占領というようなことは、まことに堪え難いことで、その心持ちは私にはよくわか る。しかし、自分はいかになろうとも、万民の命を助けたい。この戦争を続けては、結局我が国がまったく焦土となり、万民にこれ以上苦悩を嘗めさせること は、私としてはじつに忍び難い。祖宗の霊にお応えできない。
  わたしは、明治大帝が涙をのんで思いきられた三国干渉当時の御苦衷をしのび、この際耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、一致協力将来の回復に立ち直りたいと思う。・・・・
(  甘露寺受長 『天皇さま』 日輪閣 41年 pp.283-284 )

showa 2   陛下は白い手袋の指でしばしば眼鏡を拭われ、頬をなでられたのである。まわりの者から涙が溢れてきた。御諚が終わると、皆がすすり泣き、しゃくり上げる 声で一杯だった。陛下の御聖断にそれぞれが感動し、感謝の念で胸が詰まっていたのである。大前研一よ、お前も日本人ならこれくらい理解しろ。お前なんぞ東 京都知事になってふんぞり返ることしか頭になかったんだろう。国民のために絞首刑台に立てるのか? 自分が反対したことの責任を取って、黙って首を差し出 せるのか? お前のネクタイで一度試してみろ。

  昭和天皇の苦悩も知らずに、何が“論理思考(ロジカルシンキング)”だ。よくも「明治憲法下で統帥権をもつ昭和天皇の戦争責任は明白である」などと口にできるものだ。お前がご自慢のクラリネットは法螺貝か? ドレミじゃなくてホラを吹いているんじゃないか。

  戦後教育の左翼偏向に気づかぬ大前氏は、朝日新聞やNHKの代弁者である。

   (私は)一貫して分祀論者、靖国参拝反対論者であった。支那や朝鮮の反発を避ける方法として、靖国神社ではなく、千鳥ヶ淵の「アーリントン墓地化」を提 案してきた。公人は千鳥ヶ淵の墓地蚤参拝で、靖国は国民の統合の象徴(天皇)、および選ばれた代表(首相など)は参拝しない。靖国神社は自分たちの好きな ようにすればよい。支那人や朝鮮人に配慮し、未来へ向けての善隣・有効を促す。このプロセスを冷静に経過せずには国民的な集団知(IQ)も向上しないだろ う。

  もういい加減にしろ、大前! 千鳥ヶ淵にそんな墓地を作ったって、誰も参拝に来ないだろう。国家に命を捧げて散華した英霊に無宗教で祈るのか? 信仰に基づかない墓地で、国民が神聖な祈りを捧げるのか? 日本人は神社の境内をうろつく野良犬じゃないんだ。大前よ、参拝の意味が分かっていないんだろ う。我々日本人は、祖先が大切にした信仰心と愛国心で英霊に感謝するんだ。日本人は純粋素朴に心の中で手を合わせるんだ。分かったか、大前。お前なんか支 那か朝鮮に行ってしまえ。つづく。



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朝鮮人はお得意様 日本国民はクズ NHK

朝鮮語講座の起源NHK koreans 1   たいていの日本人は、NHKと聞いて「日本放送協会」と理解するが、それは間違っている。本当はNew Homeland for the Koreans (NHK) すなわち「朝鮮人のための新国家」の略なんじゃないか。日本人のための公共放送とは信じられない所業の数々をみれは分かるだろう。受信料を払っている日本 国民には無礼なNHKなのに、在日朝鮮人や支那人に対しては慇懃(いんぎん) な態度で臨むのだ。もともと日本人には関心がなかった、朝鮮語講座(いわゆる「ハングル講座」) 誕生の秘密が明らかになるかもしれない投書を見つけた。『季刊 まだん』という朝鮮人向け雑誌に載っていたものである。(1975年春号 No.5)

   時は1970年代中頃、愛知県岡崎市の大久保敏明という人物からの投書である。大久保氏は朝鮮小説を読んだり、金嬉老(きんきろう)事件、日立就職差別 事件、金大中拉致事件に衝撃を受けて朝鮮語を学ぼうとしたらしい。特に、梶井渉の「朝鮮人学校の日本人教師」は強い衝撃だったと語る。そこで朝鮮語の参考 書を買うため、近所の書店三軒に立ち寄ったが一冊も見当たらなかった。1ヶ月ほどしてようやく参考書を手に入れ、貯金をはたいて教材のテープを購入したと いう。大久保氏は、「日本と最も長く深いかかわりあいをもっている外国の一つである朝鮮の言葉を勉強し始めるのに、こんなに手間ひまをかけなければならな いことを不思議に思った」そうである。しかし、当時の日本人で朝鮮語を習得して何の利益になったのか。朝鮮統治時代でも、朝鮮総督府勤務の役人で朝鮮語を 習得した者はほとんどいなかった。バカらしくて誰も学ぶ気になれなかったのである。朝鮮は尊敬できる国でもなければ、憧れる文化でもない。惨めで貧乏な後 進国の文化や言葉をわざわざ学ぶ暇人がいるわけないだろう。教科書や参考書が書店に並んでいなくて当然である。

  たが、大久保氏は違っ た考えを持っていた。「在日朝鮮人が六十万にものぼるという事実に対して、NHKにしろ民放にしろ、朝鮮語の学習番組を一つも組んでいない」なんておかし い、と不満を述べている。彼れは日本人が朝鮮の土地を奪い、朝鮮人を日本に強制連行したと信じていた。そこで、NHKが数多くある英語講座のひとつでもさ いて、朝鮮語の学習番組に当てて欲しいと願ったのである。朝鮮語を学ばぬから、日本人はいつまでも根強い差別と偏見を克服できぬのだ、と主張する。大久保 氏はNHKに投書を行ったという。その回答が紙上に出なかったため、再度投書をして催促したという。すると6月初めに名古屋のNHKから大久保宅に電話が 掛かってきた。そのときはたいした内容ではなかったらしい。投書から半年が経った11月に、東京のNHKから語学番組担当のK氏が名古屋のW氏を同伴し て、大久保邸を訪ねてきたという。

  K氏によれば当時のNHKは国連公用語を中心に六ヵ国(英仏露中独)の講座を設けており、今後どの 外国語を入れるかを検討していたらしい。NHK職員のなかに朝鮮語を猛勉強している者がいたという。大久保氏はその二人によくお願いしたという。(『まだ ん』 pp.149-150) しかしまあ、驚くじゃないか。朝鮮語講座の開設をお願いしたら、NHKの語学講座担当者が来訪するなんて。いつも冷たく門前払いされている日本人からする と夢のようである。むかし獨協大学の中村粲(なかむらあきら)教授が雑誌『正論』で、「NHKウォッチング」というコラムをもっていた。NHKの反日報道 を毎回批判なされていた愛国者である中村先生が、何度となくNHK会長や番組制作者に面会を申し込んだり、書留の手紙を送ったが、一切無視。あんなに有名 で人気のあった大学教授に対して、NHKは本当に失礼な態度を取っていたのである。最近でも、チャンネル桜の水島総社長がいくら抗議しても、絶対にインタ ヴューに応じない。人を馬鹿にした紙切れを送るだけである。これが「皆様のNHK」という正体である。

NHK korea 2   NHKは日本国民から大金を巻き上げて朝鮮人・支那人のために使うのだ。日本の公共放送と公言しているのに、在日朝鮮人への配慮が厚く、こと朝鮮問題と なればサービス精神旺盛である。たとえば、NHKのごひいき知識人の姜尚中に対しては破格の扱いである。2008年4月28日放送の『わたしが子どもだっ たころ』では、政治学者・姜尚中を特集してやった。番組ディレクターの岸善幸は、姜尚中の少年時代を伝えるため、再現ドラマを作ってやるのだ。太鼓持ち番 組中、姜は豚を飼っていた朝鮮なまりの「おじさん」の話や、都会育ちの転校生であった美少女を回想する。こんなつまらぬ朝鮮人のために、大切な受信料を浪 費してやるのだ。NHKはこんな伝記番組ばかりではなく、姜尚中がドイツへ留学したときの学生時代をドキュメンタリーにしてやったり、息子が自殺したこと で悲しみに暮れる彼のために、追悼番組まで制作したのである。日本人学者でここまで偉人扱いされる人物はいたのか? 


korean 5 korean 4( 左側 姜尚中/ 右側 平田オリザ)

   NHKが贔屓にするのは姜尚中だけではない。たとえば、劇作家の平田オリザという朝鮮人も大切にされる。NHKのBS放送では『英雄たちの選択』という 歴史教養番組がある。2014年10月10日放送の「高杉晋作革命戦士が夢見た独立国家構想」では、コメンテーターとして平田オリザが出演していた。幕 末・維新の歴史家でもない演出家が、なぜ高杉晋作を解説するんだ? 明治維新の研究書を一冊も出していない、ただの素人である。単に「歴史好き」と主張すれば、NHKは出演を許可するのか? ちょうど美術評論家でもない姜尚中が「日曜美術館」でホスト役を務めたときと似ている。NHKはなるべく多くの朝鮮人を有名にしたいのである。朝鮮人など 見たくもない日本人からお金をむしり取って朝鮮人につぎ込んでいるのだ。そんなに在日鮮人を人気者にしたいなら、各番組をPPV(Pay Per View/有料視聴) にすればよい。

  NHKは悪質な抱き合わせ商法をしているのだ。たとえば、テレビ・ショッピングで包丁を欲しい だけの購入者に、まな板とか食器までつけて特別価格と謳っている業者と同類である。もし、腕時計が欲しい客に、特別に朝鮮人歌手のCDを付けたらどう思う だろうか。こんな風にして、要らぬ物をオマケにして売り込む業者を日本人は嫌うのだ。これまで、NHKは一体総額いくら朝鮮人にギャラを払ったのか? 日 本国民は金を払ってまで朝鮮人の顔を見たくないし、彼らの馬鹿げた主張を聞きたくないのだ。NHKは本社を渋谷からソウルに移して、朝鮮放送局に変身すれ ばいい。「ケンチャナヨー(大丈夫)」とか「・・・スミダ」と朝鮮語が飛び交う職場の方が楽しいのではないか。もっとも、日本人職員のなかには朝鮮に飛ば されて、悲しくなり「アイゴー、アイゴー(哀号)」と叫ぶ者が出てくるんじゃないか。



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美しい赤ん坊を増やせ! ドイツの少子化対策

ドイツはゲルマン人の国だった

Frida Gustavsson 20   beautiful kid 2















   現代は言論の自由があるようで無い。我々は「日本は日本人の国」とか「萬世一系の皇室」を公然と口にできる。なんたる幸せ。米国で「アメリカはイギリス 人の入植者が建てた共和国」とか、フランスは「ガリア人とゲルマン系フランク族との王国」だった、イングランドは「アングロ・サクソン人の王国」などと公 言すれば、レイシストか右翼と規定されてしまう。日本人が「そんなの常識だ」と歌っても、西歐社会では通用しない。どんなに嫌でも異民族・異人種との共存 が前提条件となっているのだ。敗戦国ドイツはもちろのこと、勝利者であるはずの米国やブリテン聯邦(イングランド、オーストラリア、カナダなど)でも白色 国民が堂々と暮らせなくなってしまった。有色人種が移住してきたり、黒人の公民権運動と国際共産主義が絡まって白人撲滅思想が広まったのである。

   悪いことは更に起きた。白人の人口が減少してきたのである。生活水準が上がったら、出生率が下がってしまった。有色人の移民や難民はどんどん増えて行く のに、主流国民の白人が減っているのだ。ドイツなどかつてはゲルマン人の多い国だったのに、都市部から徐々に有色外人の血が混じり始め、何人種だか解らぬ 住民が誕生してしまった。危機感を抱いたドイツ人がゲルマン国家の再生を掲げれば、すぐにレイシストだ、ネオ・ナチだという烙印を押されて社会から抹殺さ れてしまうのだ。特に白人づらしているアシュケナージムのユダヤ人が陰に陽にドイツ・ナショナリストを排除・駆逐しているのである。隣国フランスは既にケ ルト系ガリア人国家ではない。シャルル・ド・ゴール(Charles A.J.M. de Gaulle)将軍が生きていたら絶句するほど、フランスは有色人混淆国になってしまった。フランスはまるで北アフリカの一部のようである。白人の人口減 少を食い止める方策はないのか。無いことはない。少子化対策は何とドイツ第三帝国にあったのだ。

アーリア人増加計画があった

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   ドイツ史に詳しい者なら「レーベンスボルン (Lebensborn)」 を知っていよう。それは「生命(Leben)」の「泉 (Born)」を意味する。ワイマール共和国時代にはドイツ人の減少が問題になっていた。第20世 紀初頭の出生率が(人口1000にたいして ) 33であった。ところが1920年代には20.3に低下し、1933年には 14.7になってしまったの である。わずか一世代(約30年)で出生率が半分に落ち込んだのである。ナチ党のハインリッヒ・ヒムラー(Heinrich Luitpold Himmler) はドイツ人女性がその義務を放棄したのだと憂慮したのである。子供を産まない国家は墓場への道を歩んでいる、と断言したくらいだ。戦時 中、ノルウェーのSS志願者に対して、「男は、息子を持てば安らかに死ねるものだ」と。( キャトリーン・クレイ/マイケル・リープマン 『ナチス・ドイツ支配民族創出計画』 現代書館 1997年 p. 90) 現在の日本人はこうした考えに反発してしまうが、当時は核戦争前の通常兵器による戦争だったから、国家総力戦となれば将兵の死亡率が鰻登りになることは必 然であった。だから、男子人口が増えて貰わないと、国家はその軍隊を維持できない。軍隊規模が縮小すれば弱い国家になってしまい、列強が繰り広げる熾烈な 生存競争には勝てないのだ。

  ヒトラーが政権を取ったことでパラドックス(逆説)が起きた。ヒトラー総統がドイツ国家を私物化したこと は噴飯物だが、自分の持ち物だから素晴らしい人間による偉大な国家にしたかった。今の日本の政治家は、国民や国家はしょせん赤の他人だからどうなってもい い、と考えてしまう。私服を肥やしたらさっさと政界を引退して責任を逃れたい、と思っている。有力な長老議員にとって、20年ないし30年後の日本などど うなろうが知ったこっちゃない。悪魔の化身とされている割には、ヒトラーは妙に保守的道徳家で、卑猥な文化や下品な知識人が嫌いてあった。酒池肉林を好む 独裁者かと思えば、健康志向の禁欲家だったことは有名だ。経済学部卒業でもないのに、国家財政を立て直し、国内のインフラ整備に熱心だった。国家社会主義 を掲げていたから、労働者の待遇や生活水準向上にも努力したのである。当然のことながら、ドイツ帝国を構成するドイツ国民の質にも注意を払ったのである。 美しくて健康で優秀なゲルマン人の維持・育成を推進したのである。

   ユダヤ人によって極悪人にされているヒトラーなのに、不思議と良いことをしていたのである。たとえば、シャハト博士を経済大臣にして、インフレ退治をし てドイツ経済を恢復(かいふく) させたのは、英米の学者でも評価している。日本人なら羨ましく思うのが、「国民/大衆車」という意味のフォルクス・ワーゲンを、ドイツの大衆でも買えるよ うにしたのである。ドイツ社会の改善を目指したヒトラーは経済面では、有効需要を創出したケンイジアンでもあった。独裁者だったので、決断が早かったし、 思い切ったことを断行したので新鮮な政策も多かった。意外にもヒトラーは女性に対して保守的な思想を持っていて、女性は家庭で子育てをすべし、との考えで あった。ドイツ国家を支える国民は健康な肉体と健全な精神を持たねばならぬ、との信念を持っていた。悪魔のイメージとかなり違うのである。

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   ヒトラーは女性に何が何でも家庭に籠もって主婦になれ、と言っていたのではなかった。主としてナチ婦人団(NSF) といった党の組織で活動することは奨励されたのだ。NSFは1938年には団員数130万を誇っていたのである。子沢山は賞賛されたし、子供を多く産んだ 母親にはドイツ母親十字勲章が授与されていた。ヒトラー・ユーゲントのメンバーはこの勲章を授与された母親に対して公衆の面前で敬礼しなければならなかっ た。子供を産んだ母親が尊敬される社会なんて、何となくいいことに思えてくる。10人くらい産めとは言わないが、多く産んでもらった方が良かったのは確か だ。10歳以下の子供を3人以上もつ母親は、「名誉母親証」を与えられ、商店の順番待ちの列で優先的に扱われた。また、地方行政当局は、こうした母親たち に家賃と公共料金の割引を行ったのである。人種的にふさわしいことが証明された若い夫婦には、独身者からの特別税を財源とした融資が行われた。子供が一人 生まれるごとに融資額の4分の1が免除され、4人目の子供が生まれれば、返済は終わるのだ。高等教育には規制が導入されたのである。女子学生は全体の10 パーセントだけになり、裁縫が必修科目となった。戦争が近づき、男が工場で不足して女性が必要になると多くの規制は、無くなっていったのである。

   レーベンスボルン計画の根本にあるのは、ドイツ帝国にふさわしいアーリア人種のドイツ人を増やすことである。過去には優生学への意識がなかったので、ゲ ルマン人が黒髪の毛深いムーア人や不快な顔つきのユダヤ人と結婚してしまうことがあった。特にユダヤ人はアラブ人のような中東アジア系、あるいはトルコ人 みたいなハザール系が一般的であった。血統を誇った貴族でも財産目当てでユダヤ人と結婚したりするので、ヨーロッパ人らしからぬ容姿になってしまったの だ。ヨーロッパ人は第19世紀末になって、ようやくこうした異人種混淆に気がつき、人種保存の必要性を理解したのである。当時のアメリカでは、黒人と白人 の異人種間結婚(miscegenation) は法律で禁止されていたし、白人の親が許さなかった。優生学は英米仏蘭でも盛んで、上流階級の支持者も多かった。ドイツ人だけが異常な人種差別主義者では なかったのである。

  意外なことにヒムラーは医学的に不可避であるという理由以外で、アーリア人女性が中絶を行うことに反対し、中絶し た者は禁固二年の刑に処せられた。第二次大戦が始まると、禁固刑が死刑になったのである。避妊具の供給は厳しく制限され、産児制限を主張する者は弾圧され たのである。だが、非アーリア人の妊娠中絶や望まない外人の子を身ごもったドイツ人女性の中絶は奨励された。離婚法も緩くなって、以前は姦通が唯一の離婚 理由だったのに、配偶者が妊娠拒否や妊娠中絶、三年の別居などすれば離婚できるようになった。そして、未婚女性が身籠もっても、アーリア人のふさわしい血 統であれば大切にされたのである。父親がいない婚外子でも国家が面倒を見てくれたのである。母親が結婚・未婚でも美しく可愛らしい赤ん坊ならかまわないと いう理由があった。結構いい面もあったのだ。

beautiful kid 3   現在の欧米では、妊娠中絶が珍しくなく、たんなる金銭的理由や恥かき妊娠による中絶も行われてきた。胎児は人間ではなく、モノ扱いだから、殺したって罪 にならない。だいたい、妊娠中絶を「プロ・チョイス(pro choice)」と呼んで正当化しているのだから、ナチスの蛮行を非難できまい。米国の医師には、堕胎した胎児の首をひねって殺し、便器に捨てる奴までい たのだ。実の母親に殺された胎児は天国に召されるのか分からない。ただ、国家ではなく、個人が殺すだけなので殺人罪にはならないだけだ。

 レーベンスボルン協会を生み出したヒムラーは、子供のいない結婚は情事に過ぎないと公言していた。SS隊員には良き見本を示すよう要請し、子供は最低4人持ってくれ、と諭していた。そこでヒムラーはレーベンスボルン計画を説明した。

 1. 人種的、遺伝的に価値のある大家族を支援すること。
 2. 人種的、遺伝的に価値のある妊婦、また、母親本人と子供の父親の家系について人種・殖民本部(RuSHA) が綿密な調査を行った後、等しく価値のある子供を産むであろうと期待された妊婦たちの世話をすること。
 3. こうして生まれた子供たちの保護。
 4. 出産後の母親の保護。  ( 『ナチスドイツ支配民族創出計画』pp.98-99)

   アーリア人カップルの結婚・出産を奨励するのと共に、未婚女性が抱える非嫡出子を保護したのである。この未婚女性たちにとって、レーベンスボルンが魅力 的だったのは、子育ての責任を出産後すぐにでも放棄できることであった。もちろん、母親が自分の子供と一緒に施設を出て、自分の手で育てることもできた。 結局のところ、ちゃんとしたアーリア人の子供であれば、SSおよび国家が責任をもって育てるという事であった。一見するとレーベンスボルンは、人種主義に 凝り固まった恐ろしい計画と施設に思えるが、社会福祉政策とと国家強靱化計画の混合体であった。

アーリア人礼賛は手前味噌

Helen Thomas tumblr_md9jp2(左側 ユダヤ人女性/右側 北欧系女性)
   このレーベンスボルンがなぜ非難されたかというと、非アーリア人であるユダヤ人が醜い容姿をもつので、ドイツ帝国から追放され迫害されたことに起因す る。ユダヤ人の遺伝子はドイツ民族の遺伝子を穢(けが)し、ドイツ人の肉体を退化させるし、醜くするものと判断されたからである。不細工なユダヤ人はドイ ツ人とセックスするな、と厳命されたことがユダヤ人にとって屈辱なのだ。よくナチスの人種理論を非科学的と、ユダヤ人は嘲嗤(ちょうし)するが、それは最 初から科学的研究の成果ではなく、嫌悪感情を格好良く飾るために、科学の看板を取り付けたに過ぎない。だから、戦後になっても、各国でアーリア人礼賛が存 続するのは、ナチの美的感覚が良かったからである。

  しかも、ユダヤ人には都合の悪いことがある。ナチス政権誕生以前から、自己嫌悪に 陥っていたユダヤ人は結構いたのだ。高名なユダヤ詩人ハインリッヒ・ハイネや、アメリカの有名なジャーナリストのウォルター・リップマンがよく知られた自 己嫌悪のユダヤ人であった。ユダヤ知識人が執拗にナチの人種理論家を叩いたが、それはドイツ人がユダヤ人の急所をうまく突いたからである。我々はいつもユ ダヤ人の批判を耳にするが、ではアーリア人だらけになったドイツに住むゲルマン系ドイツ人にとって、どんな不都合なことが生じたのか? 金髪碧眼の北方種族だけの学校や職場になったら、何人のドイツ国民が困ったのか。鷲鼻で険悪な人相のユダヤ人がいなくて寂しい、と訴えたドイツ人は何万人 いたのか。1000名か? まさか、10人以下だったのか。我々はドイツ人側の正直な意見を聞くことができない。我々のドイツ史観はユダヤ製なのである。現在のアメリカ白人やイギリ ス人なら、ゲルマン人だけの村や職場が羨ましくってしょうがない。心の底でユダヤ贔屓のチャーチルなんかくたばれ、「ヒトラー総統万歳」と叫びたくなるだ ろう。

  人々はなかなか口には出さないが、千年以上もユダヤ人はヨーロッパに住み続け、嫌われながらも必死で西洋人にしがみついてい た。ヨーロッパがパレスチナより格段に素晴らしく、白人の西洋人が美しくて忘れられないのだ。何度虐殺されてもヨーロッパから出て行きたくない、大金を 払っても居坐りたいのが醜いユダヤ人の願望であった。そんな寄生虫みたいな民族をヨーロッパの愛国者は嫌ったのである。そのうえ、社会主義者や共産主義者 にはユダヤ人の比率が異様に高い。ローザ・ルクセンブルクやエマ・ゴールドマンといった過激派が有名であった。ロシアで虐殺の限りを尽くしたボルシェビキ 革命家にもユダヤ人が多かった。NKVD指揮官のゲンリク・ヤゴーダ(Genrikh Yagoda) を、なぜか日本人は知らない。このユダヤ人が1000万人近くの虐殺を犯したことは一般に知られていない。また、ユダヤ人の英雄イリヤ・エレンブルク (Ilya Ehrenburg) が、ソ連兵にドイツ人女性を強姦して殺せ、と扇動する文章を書いたことも知られていない。イスラエルはドイツ人や東欧の女性を輪姦するよう薦めたユダヤ人 作家を褒め称えている。こんな民族性のユダヤ人を、ドイツ人が疫病神とみなしたのもうなづける。

  日本には「手前味噌」という言葉があ る。そこで考えてみれば、ドイツ人が自分の民族を賞賛して何か悪いのか? 北方人種(Nordic Race) のゲルマン人が自らの肉体的特徴を自慢したり、保存しようと努力することがなぜ道徳的に悪いのか、あまり説明されないのだ。日本ではアラビアの純血種(サ ラブレッド) が高値を付けて売買されるし、ペツトの犬や猫は血統書付きの高級種が人気である。黒髪の日本人が毛を金色に染めたり、青い瞳になるようなコンタクト・レン ズも販売されている。南米では高級化粧品やドレスの広告には、北欧美女が起用され、高額のギャラが支払われる。美人コンテストでは圧倒的にゲルマン美女が 有利である。インド人は西欧人のように肌をクリームで白くすることに熱心だ。アフリカ黒人は白人の美にどうしても憧れてしまい、美形黒人とは白色美女に近 い容姿をもつ者とされるのだ。結局、多くの民族がナチ党員と同類なのである。

Israel Zangwill Picture adrian brody (左側 イズラエル・ザングウィル/ 右側 エイドリアン・ブロディー)

   黒鬚をはやして鷲鼻のユダヤ人は、金髪碧眼の北欧種族を非難するが、自分が異質なセム族の容姿をもつからドイツ人が羨ましいのだろう。事実、イスラエル では西歐白人の売春婦が大人気で、貧乏国の東欧白人娘が高値で輸入されている。経済的に脆弱なロシアやウクライナが狙われ、透き通る白い肌の娘が密輸され ているのだ。いわゆる「ナターシャ」売春である。ナチ・ドイツの人種政策をやかましく批判するのに、売春宿に入ったら急にヒトラー支持者になるユダヤ人は 異常である。頭でナチどもを叱っても、ゲルマン人女を想像すると股間が膨れてしまうのだ。しかも、ユダヤ人は大の黒人嫌い。アフリカ人など獣扱いが普通で ある。パレスチナのアラブ人を平気で大量虐殺できるユダヤ人は、欧米に住むと平和の天使に変身するのである。知らぬは日本人ばかりなり、だ。

   もとから怨み深い民族性のユダヤ人が、ドイツばかり集中的に非難するのは何故か。ドイツ人と勝手に思い込んでいたユダヤ人が、ヒトラーの登場で外来種族 と再認識されてしまい、悔しい思いをしたから恨み骨髄なのだろう。ドイツ人が強靱な肉体と美しい容姿を自慢したって、「手前味噌」といってやればいいだけ の話だろう。ヨーロッパ域内でアーリア人礼賛をしたっていいじゃないか。ユダヤ人同士で互いに褒めあえばいいだろう。ユダヤ人はイェルサレムに帰ってアラ ブ人やシリア人、レバノン人と一緒に暮らせば良かったのだ。似たような顔つきの中東アジア人同士なら人種差別が少ないはずだ。しかし、ユダヤ人は元々他民 族蔑視の思考が強いので、中東アジアでは人種差別主義者になってしまう。ヨーロッパ人に対しては人種平等思想を説教するくせに、アラブ人に対しては容赦な い異教徒弾圧者に変貌するのである。まあなんとも身勝手な話である。

  日本ではナチ・ドイツの人種政策やユダヤ人迫害を批判した書籍ば かりが書店に並んでいる。これらのほとんどが、ユダヤ人によるものか、彼らの影響を受けた知識人、あるいはたんなる左翼のいずれかである。冷静に考えた歴 史家の本があまりにも少ないのだ。ユダヤ人が中世ヨーロッパからパレスチナへ戻っていれば、歐洲での虐殺は無かったであろう。また、ヨーロッパの君主や貴 族がもっと早くユダヤ人を駆逐して、イェルサレムに追放していれば、ヒトラーが殺したくてもユダヤ人が見つからず困ったであろう。我が国を考えてみよ。江 戸時代の日本で、徳川幕府がユダヤ人を600万人殺そうとしてもできなかった。なぜならユダヤ人がいなかったからである。ヨーロッパでも、フランス革命以 降に、ゲットーからユダヤ人を解放するなら、全員パレスチナに送ってしまえば良かったのだ。嫌われ者のユダヤ人をヨーロッパ社会に野放しにしたことの方が 罪深い。ゲルマン人がゲルマン人だけで暮らしたいと思うのは自然なことであろう。たかり民族のユダヤ人が、迫害されたことを宣伝して唯一の被害者面してい るのは腹立たしい。日本人はユダヤ人の史観ではなく、独自の歴史観でヨーロッパ史を学ぶべきである。 
 


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支那人の好物 人肉は旨い

きれいな惨殺死体
chinese boxers   帝国陸軍佐倉第57連隊の鈴木博雄・衛生兵が出版した『体験的慰安婦の生態』に奇妙な出来事が載っていた。鈴木氏が山東省済南で野外演習をしていたとき に、偶然出くわした屍体について語っている。済南市街地から外れた農村地帯を歩いていたとき、蠟白色(ろうはくしょく)の瓜実顔(うりざねがお)の遺体が 仰向けに横たわっていた。それは青白くなった面長の美少年で、両手両足のない裸の屍体であった。(p.69) 大きな犬がその遺体の肋骨の中に顔をっこんで臓器を喰っては、時折鈴木氏を凝視してたいた。その犬の首周りは血や肉汁でかなり汚れていたが、どういう訳か 顔はきれいだったという。鈴木氏の他に仲間40名が目撃したが、皆沈黙したままであった。屍体には馴れてはいたものの、この凄い光景は部隊に戻っても他の 仲間に伝えなかったという。

  いくら市街地とはいえ、大通りでそんな屍体があるのか、と鈴木氏は考えてみた。日本兵が来る前に、数匹の 犬が屍体の手足の付け根を食いちぎって、互いに引っ張り合って肉がちぎれたり、手足を引きずったりしてもおかしくはない。ところが、屍体の周りに手足はな かったし、顔の頬も囓(かじ)られていない美顔のままである。鈴木氏は気になって再度考えてみた。第一、腰と股の付け根や腕と肩の付け根の四カ所だけを食 いちぎったのか。手足腰肩などを犬が奪い合いしたら、屍体は無惨な姿に変化していただろう。それに、犬が腹部の内臓を食い破って引きずり出したら、胸のみ ぞおちあたりは、グチャグチャになっていたはず。胸や付け根あたりが妙にきれいだった。

  そこで鈴木氏は、その屍体は人肉食の残り物で はなかろうか、と推測する。若い男を殺してから、血を抜いてそれを飲む。そして四肢を切断して食用に取っておく。取り出した内臓は珍味として食べたのでは ないか。陰茎はどうなったか分からない。必要な部分の肉だけ取ったら、頭と胴体は要らないから、道端に捨てたのではないか。(p. 73) こう推理してみれば筋が通る。支那人には食人慣習があるので納得できる。

  支那人は人間を人間と思わない。ある事件を鈴木氏は紹介して いる。山海関の華北交通に勤める日本人社員の娘が行方不明になった。いなくなった三歳の娘を母親は探しに、毎日駅構内を探した。10日程たって、ある停車 中の汽車の窓に、我が子を抱いた阿媽(女)を発見した。母親は駅の警備兵を呼び、その女を捕らえてもらう。娘は既に死亡しており、その子の腹には生阿片が 出てきたという。(p. 72) しかし、その子の腹にあった内臓はどうしたのか。もしかして、食用になってのではないか。支那人にとって他人の子など殺したって、あるいは煮たり焼いたり したって平気。牛、馬、豚、人間が同列になっている。日本人など、同等の人間ではなく、東の獣(東夷)であるから、朝鮮人同様に殺したってよいのだ。

食人慣習は支那の風習 

chinese rebellion  支那人が人肉を食べる風習は学校で習わない。漢文教師はもちろん知っている。だが、政治的正しさ(political correctness)に配慮せねば馘(クビ)になってしまうから黙っている。漢文の授業では『論語』を教えるより、『韓非子』や『孫子』、余裕があれ ば『三略』『六韜(りくとう)』を教えるべきだ。これらの古典を読めば支那人の正体がよく分かる。『韓非子』には「齊(さい)の桓公味を好み、易牙(えき が)その子の首(あたま)わ蒸してこれを進む」(二丙 第七 3)とある。つまり、臣下の易牙は自分の子供を蒸して主君に献上したのである。自分の子供を 殺して料理する、といった社会を日本人は理解できない。支那人の論理からすれば、子供はいくらでも作ればよい。出世の方が重要。そんな支那人でも親は大切 らしい。なぜなら、親は父母の二人しかいないから。両親を産むことはできない。

  『荘子』に書かれてある晋の文公が、周遊中に食料が尽 きたので、臣下の介子推が自分の股の肉を削いた。彼がの股肉を文公は食べて上を凌(しの)いだという。(盜跖篇) 『荘子』には別の有名なエピソードがあ る。孔子が泥棒で悪党の盜跖(とうせき) に説教してやろうと出かけ彼のもとを訪ねた。そしたら何と、盜跖は昼食中で人肉を食べていたという。まあ、よくある作り話、寓話の類だろうが、当時の支那 人からすれば普通のことだったのであろう。支那人が人家本を食べた例など山ほどあり、『資治通鑑』や『後漢書』について漢文教師に聞けば、いくらでも教え てくれるだろう。だが、教科書に無いこんな事実を教えたら、良心的教師はPTAで吊し上げのリンチか、朝日新聞に叩かれて辞職となるだろう。

  支那の食人風習は外国人も記述している。かの有名なイタリア人マルコ・ポーロも述べている。福建地方の食人について、

  そこの人々はあらゆる種類の不潔な物、たとえ自然死ではない人間の肉までも食べるのである。彼らは殺害された人間の遺体を探し回り、その肉を美味(最高)だとみなして食べるのだ。  (Marco Polo, The Book of Ser Marco Polo: the Ventian Conderning the KIngdoms and Marvels of the East,  Vol. II, ed. and trans by Colonel Sir Henry Yule, discovered by Henri Cordier, John Murray, London , 1903, p. 225 )

  どうだ。支那人は何でも食べる。腐った鶏肉のチキン・ナゲットを作ったくらいでガタガタ言うな。人肉ナゲットでなかっただけ良かったろう、マクドナルドの諸君。支那人はどぶネズミや病死の豚からでも日本向け食品を作るのだ。支那版「もったいない精神」かな?

   支那人は人肉だけではなく、人骨、血液、毛髪、爪だって医薬と思って食べることがある。明代の宦官高宷が自分の生殖器を再生させる目的で、多くの童貞を 買い取り、殺害してその脳髄を啖色(たんしょく/ぱくぱく食べること)したという。支那の迷信は恐ろしい。自分でペニスを切断したのが悪いのに、他人の脳 味噌を食べるなんて、やっぱり「支那人」としか言いようがない。

  こんなんだから、戦前支那大陸で日本の将兵はおぞましいソースかけ饅頭を見たのである。昔むかし、北京で罪人が斬首刑にされた。

   斬首後数秒でその体は膝で支えきれず、ゆっくりと後ろに傾き、左側に倒れた。処刑人は剣を脇の役人に預け、一個がオレンジくらいの饅頭を五個数珠繋ぎに した。切断された首からとうとうと吹き出る血に浸した・・・その屍体はまだ微かに動いていて、心臓がまだ停止したい無かったか、血が体にめぐってい た・・・血に浸された饅頭は引っ掛けられて、太陽の下で乾燥させた。こうした饅頭は「血饅頭(shue-mantou)」として売られたのである。  ( David Field Rennie, Peking and the Pekingese, Vol. II, John Murray, London 1865, pp. 243-244 )

  日本でも肉まんが売られているが、人血を掛けて食べる異常者はいない。せいぜいトマト・ケチャップだろう。日本人は鎖国中、ずうっと支那を聖人・君子の理 想郷と勝手に思っていた。だが、支那は地球上最も下劣・野蛮な地域で、そこに住むのは爬虫類だと考えた方がいい。日本人はイルカのような心の優しい哺乳類 だとしたら、支那人はワニや大トカゲまたは人食いザメの一種と見なすべきだ。こうした兇暴な人種に我々は日本国籍を配っているのである。正気を失った民族 に未来はない。



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